行方知れず拝啓 春の便りをあちこちから聞く今日この頃、如何お過ごしでしょうか 相変わらずお元気のことと存じます。私も無事息災で過ごしております。 一昨年の大病も、何とか落ち着いて参りました。この事についてはお知らせしていなかったかも知れません。今は大事ありませんので、どうぞ捨て置いてください。 届く宛の無い手紙と知りながら、ふと筆をとる気になったのは何故でしょう。宛名に尋ね当たらずと戻って来ることで、自分の気持ちの整理をつけたいのでしょうか。それとも、あなたの手許にひょっとしたら届くかも知れないと、微かな望みを抱いているのでしょうか。 我が事ながら、不可解です。何と言ってよいやら、見当も付きません。 あなたに初めてお会いしたのは、もう5年も前になりますね。 ふとした事で、お話をさせていただく機会を得ました。短い時間でしたが、激しい情熱に強く揺さぶられつつ、深く浸み入るような静かな言葉に、時を忘れた事を憶えております。 あのあと、不可解な噂が流れ、あなたは突然に旅立たれました。余りにも突然に。 その後、私たちがあなたのことをどんなに待ちわびているか、あなたはご存知ないのでしょうね。無論、それをご存知だとしても、あなたが再び姿を見せてくださるとは思えません。この背徳の都に、今のあなたは何の価値も見出さないでしょうから。 私は、あなたのように旅立つことの出来ない人間です。守る可きもの、受け継ぐ可きものが余りに多いのです。そして何より、それらを放棄することが恐ろしいのです。 臆病な奴だとお笑いください。しかしそれもまた、戦いなのだと思います。あなたの仰る戦いと、そう変わらぬ厳しさを持った戦いなのだと、私はそう思っております。 あなたと共に行けなかった無念は、何時しか消えてなくなるでしょうか。いいえ、何時までも私の道程に打ち込まれた楔として、私を悩ませるでしょう。それで良いのだと思います。 乱筆乱文お許しください。あなたが何処かで、この手紙をご覧になる日が来ることを祈りながら、お別れのご挨拶といたします。 時節柄ご自愛くださいますよう。 敬具 平成17年3月31日 |